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教科書問題と国防問題のバーター取引を危惧する

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 検定意見撤回に決意 東京で「集団自決」訴訟報告集会
  2011年5月25日 09時24分 
 【東京】沖縄戦での「集団自決(強制集団死)」をめぐる大江・岩波沖縄戦裁判の最高裁勝利報告集会が24日、東京都文京区の文京区民センターであり、「沖縄の怒りがなければ勝てなかった」などと裁判の勝利を踏まえ、高校歴史教科書検定意見の撤回や、基地問題などに残る沖縄と日本の課題解決を確認した。

 集会は、大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会と大江健三郎・岩波書店沖縄裁判支援連絡会などが共催。

 弁護団の秋山純弁護士が訴訟の経過を報告。岩波書店の岡本厚さんは同訴訟について「日本軍の名誉を守ろうとする歴史修正主義者らが、『集団自決』を殉国美談にすり替えるために提訴した」と指摘した。

 その上で「たやすい裁判ではなかった。体験者が決して語りたくない記憶をたどり、新しい証言が出た。沖縄の人々の怒りがなければ勝てなかった。沖縄の人々が修正主義者の前に立ちふさがった」と評価。

 「軍の強制を削除した2007年の高校歴史教科書検定意見を撤回させることと、基地問題など沖縄と日本の関係が課題に残っている」とも強調した。

 集会には赤嶺政賢衆院議員(共産)、山内徳信参院議員(社民)、服部良一衆院議員(社民)も出席。最高裁勝利に「多くの人々の支援があった」と感謝し、07年の教科書検定撤回をあらためて主張した。

裁判は、沖縄戦の「集団自決」をめぐり、住民に命令したとする「沖縄ノート」などの書籍で名誉を傷つけられたとして、日本軍の元戦隊長らが、著書の大江健三郎氏と発売元の岩波書店に出版差し止めなどを求めた訴訟。

               ☆

「集団自決訴訟」の最高裁判断が出て約一ヶ月を経過し、被告側支援の左翼団体による集会が活発に行われるようになった。

彼らが勝訴したにもかかわらず、しつこく「集団自決訴訟」を蒸し返す理由は一体何なのか。

彼らの沖縄戦に関する歴史観を教科書に既述させることである。

では彼らの沖縄戦に関する歴史観とは何か。

「沖縄戦とは沖縄を捨石にした戦争であり、沖縄派遣の日本軍は沖縄住民を守るのではなくむしろ虐殺するため物であり、慶良間島の集団自決も残虐非道な日本軍の命令により起きた悲劇である」

概ねこのような歪んだ歴史観を教科書に記載させると言うのであるから、良識ある県民、いや、国民なら到底看過できるものではない。

⇒ 軍関与、記述回復を 大江・岩波裁判勝...(2011.5.25) 

 

東京で行われた左翼集会に参加した方からの報告がありますので、参考のため引用しておきます。

5月24日の集会は、出版労連が後押しして、下記支援団体3組織が共催し、100名が参加しました。 a.大江・岩波沖縄戦裁判を支援し、沖縄の真実を広める首都圏の会 b.大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会 c.沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会   集会進行は以下の通り   1.裁判報告 秋山淳弁護士(これは若い方の秋山で、古参の秋山幹男は朝日新聞の顧問弁護士、近藤卓史は欠席) 2.国会議員挨拶 服部良一(衆、社民、山内議員の元秘書、大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会世話人)、赤嶺政賢(衆、共産)、山内徳信(参、社民、元高校社会科教師、元読谷村長)   高木文科大臣の「私人の論争」発言は許さず、国会委員会で追及すると息巻く。   3.被告代表謝辞 岩波書店の岡本厚 4.沖縄民謡三線ライブ演奏と カチャーシー 出版労連 5.支援組織(b)挨拶 小牧薫 6.支援組織(c)挨拶 山口剛史 7.執筆者挨拶 坂本昇 (元東京書籍歴史教科書執筆担当) 8.挨拶 東京沖縄県人会 島袋 (祖国復帰運動や沖縄左翼運動の東京地区の前線部隊) 9.支援組織(a)挨拶 寺川徹          ☆ 二つほど付記しておくと、先ず彼らの歴史観によると、沖縄戦時のアメリカ軍は、明治期の琉球処分により侵略された沖縄を日本の手から解放するためやってきたか解放軍と言うことになるから驚きである。 その解放軍が日米同盟となることにより戦後派侵略軍と変貌し、いまや沖縄を日米同盟の侵略から解放しに来る中国軍が解放軍だと言うから驚きである。   そして、このいびつな歴史観を教科書に記述するように日本政府に要請決議をした2007年9月の「11万人集会」に参加しこぶしを突き上げていた人物が誰あろう現在の菅首相その人なのである。 「11万集会」に参加した当時は民主党は野党であり、決議文を突きつけた相手は自民党政府であったのは言うまでもない。 したがって被告側支援団体が、菅首相のこの立場の変化を見逃すはずはない。   普天間移設に関する日米合意は暗礁にのりあげたままの状態で1年を経過した。   県内移設を反対するグループと、「11万人集会」で高校歴史教科書検定意見撤回の要請を声高に叫んだグループとは概ね同じという点で、「県内移設」と「教科書への軍命記載」がバーター取引されるのを危惧するのである。

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【おまけ】今朝の産経抄は菅内閣のドタバタ劇を表して余りあるので保存資料とする。

ht産経新聞 産経抄 5月28日

2011.5.28 03:08
 今年の流行語大賞は、原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹委員長が発した「私はいったい何だったのでしょうか」で、決まりだろう。福島第1原発1号機への海水注入をめぐる物語は、喜劇とホラーの風味がたっぷりと入ったドタバタ劇の様相になってきた。

 ▼幕を開けたのは、安倍晋三元首相である。彼はメルマガで、東京電力が発表した3月12日午後7時25分から55分間にわたる海水注入中断の「主犯」は菅直人首相だ、と断じた。

 ▼慌てた官邸は、「班目委員長が再臨界の危険性があると指摘したから」と責任を転嫁した。怒った班目氏が猛抗議し、官邸が彼の発言を「再臨界の可能性はゼロではない」と訂正したのが第2幕だ。幕あいには与党桟敷席から「デタラメ委員長は引っ込め」のやじも飛んだ。

 ▼第3幕・国会の場では、野党から攻撃された菅首相が「海水注入の報告が直接上がっていなかった。少なくとも私が止めたことはまったくない」と大見えを切った。だが、すぐに注入開始を予告する東電のFAXが何時間も前に届いていたことが発覚する。

 ▼第4幕では、現場の吉田昌郎所長が「首相の了解を得るまで」中止を決めた本店の言うことを聞かず、海水を注入し続けていたというどんでん返しが用意されていた。「よっ! 吉田屋」のかけ声をかけたいところだが、あいや暫(しばら)く。

 ▼「首相の意向」を無視して正解だったとは、悲しすぎる。そもそも首相が、専門家きどりで技術的な問題を論議する必要はない。部下や組織を信頼し、大局から判断を下すのがトップの仕事だ。それができないなら劇の途中でも舞台から去ってもらうしかない。さもなければ、国民は終幕を悲劇で迎えるしかなくなる。

 

 


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