



この事実で十分だと私は思いますが、、、
必ず、、「命令、強制、あるいは、関与、指示」を表現しろと言う、、、市民団体は、どこの、何様でしょうか?
「手りゅう弾の配布は「善意の関与」」です。
亡き父が、私が幼い時に、私にそのように言っていた記憶があります。善意の関与と言う表現ではなく、、「いざという時は、これで、、(死のう)」と、、。
しかし、父は、、手榴弾は、逃げる途中で捨てたと話しました。
この話が、私は事実だと、今でも思っています。>(義挙人さん) 義挙人さんがご指摘のように一般の人が見る歴史博物館の展示には沖縄戦には集団自決があったことだけを伝えれば十分であり、命令、強制、あるいは関与等を書き加えることは蛇足以外の何物でもない。 同じような趣旨で高校教科書の沖縄戦の項目には「沖縄戦の犠牲者のなかには、戦闘ばかりでなく「集団自決」による死者も含まれていた」程度で必要かつ十分だと考える。 歴博の展示文変更で一番怒り狂ったのが、結果的には一番圧力をかけていた沖縄タイムスだったのは皮肉である。 その沖縄タイムスの読者欄に沖縄タイムスの「怒り」を諭すよう読者の投稿文が掲載された。 これまでの沖縄タイムスは、自分の論に異論を述べる投稿は、たいていはボツが相場であった。 だが、インターネットの普及が著しい昨今、沖縄タイムスもこのような投稿をボツにばかりしていたら、読者に見放されるのを肌で感じ始めたのだろう。 沖縄タイムス 2011年1月10日 オピニオン面 歴博の修正は沖縄側に配慮 金城英明さん=40歳 (那覇市) 国立歴史民族博物館の沖縄戦展示について、博物館は沖縄側の要求を考慮してパネル説明文の内容を一部修正したが、沖縄側は軍強制・関与が明記されていないとして反発している。 なぜ、そこまで軍強制・関与の明記にこだわるのか私にはわからない。 修正文を見ると、「日本軍により」軍民の一体化が進められ〜」や「手りゅう弾の配布に示される軍人の指示〜」などが盛り込まれており、この文脈から集団自決に軍が関与したことは十分うかがえると思う。 むしろ、沖縄川に配慮して専門家による再検討を行い内容を修正した博物館側の誠意にもっと敬意を表すべきではないか。 明記にこだわるのは集団自決に対して軍命があったということを明確にしたいという考えであろう。 だが、軍命についてはなかったという証言があることから、国の研究機関でもある博物館としてその両方を表現できるような内容にするのは、ごく当然のことであると思う。 一方的な視点と主張は逆に沖縄が孤立しないか心配である。(那覇市) ☆ ネットの普及した現在、このようなバランスの取れた視点で新聞を読む読者が増えている。 特に最後の結語部分は、このように読み換えてほしい欲しいという読者代表の意見だと受け取ってほしい。 一方的な視点と主張は逆に沖縄が孤立しないか心配である。⇒一方的な視点と主張は逆に沖縄タイムスが孤立しないか心配である。



