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(1)樺三智子と荒井由美
(2)中谷防衛相の海兵隊抑止力論
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■樺三智子と荒井由美
元旦はお屠蘇気分で動画・激論!コロシアム_11月29日2014「」を再視聴し、大田昌秀元沖縄県知事と琉球新報元編集局長の三木某氏で代表される沖縄サヨクの論理的弱点が安全保障問題であることを再確認した。
大田氏と三木氏は何度も「中国の脅威は感じない」と発言。 その一方で同盟国の米軍のやることなすことすべてが「戦争に繋がる」といわんばかり。
つまり米軍は悪の元凶だが、中国が沖縄に侵略することはあり得ないという認識だ。
かれらがそう感じる理由として沖縄の歴史的、文化的特異性があることは否めないなど、と三木氏は断じるが、果たしてそうい言い切れるのか。
沖縄の歴史的特異性というより、ある一定以上の世代に見られる「60年安保騒動」の清算・総括が出来ていないということに理由があるのではないか。
今でも安保反対運動は正義であり、機動隊との衝突で圧死した東大生の樺三智子氏は、「救国運動に殉死したヒロイン」というトラウマに取り付かれている一定の年齢層の人達がいる。
大田氏や三木氏氏は今でも樺三智子の亡霊に憑依したままだから、ではないか。
当時サヨク活動家たちにとってカリスマ的存在だった毛沢東は樺氏の死について、「樺美智子は全世界にその名を知られる日本の民族的英雄になった」と述べたという。
安保改定を「強行」した岸信介首相の悪党面に比べ、抗議運動の最中死亡した東大生の樺三智子氏は女子大生と言うことあってマスコミや世間の同情を引いた。
だが果たして樺三智子氏の死は救国のための意義ある英雄的な死であったのか。
復帰以後に生まれた人にとっては既に伝説となった樺三智子氏の死と60年安保闘争について振り返ってみよう。
1960年9月、当時全学連といわれた学生デモ隊が安保反対を叫び、国会に突入しようとした。
そして警備の警官らと大乱闘となった。
そのときの乱闘騒ぎでデモに参加していた東大生の樺美智子氏が圧死した。
当時の全学連は暴力革命を叫び、民主政治による改革を放棄し、ゲバ棒を振り回し、警官隊に火炎瓶を投げつけ、アジ演説などをおこなっていた。
当時大学生だった筆者は学生運動を実感として記憶している。
一言で言えば学生活動家たちは革命家を気取ってはいるものの、本気で武力革命を考えていたのはごく少数だった。 この時期学生運動が流行した理由はこうだ。
60年代当時は学生たちにとって、現在のように衣食足りて娯楽の満ち溢れた時代ではなかった。
学生たちは、若いエネルギーを発散できるようなもっともらしい理由と、機会さえあれば何でもよかったからだ。
女子大生と合コンなどをした記憶があるが、そのときの話題に「○○の抗議集会に参加したか」などと問われ、参加していないとモテないといった風潮であった。
つまり大部分の学生達は本気で革命など考えてはおらず、学生運動はお祭りに参加する気分か、モテるためか或いは単なるファッションに過ぎなかった。
その証拠に学生活動家のほとんどは、卒業の時期が近づくと荒井由実が歌う「いちご白書をもう一度」のように、無精ひげや長い髪を切って就職していった。
♪僕は無精ひげと髪を伸ばして
学生集会にも時々出かけた
就職が決まって髪を切ってきたとき
もう若くないさと
君にいいわけしたね♪
荒井由美⇒「イチゴ白書」をもう一度
こんな状況の学生運動で死亡した樺三智子氏の死は、誤解を恐れず言わせて貰うと「犬死」であった。
あれから半世紀以上時は流れた。
だが彼らが大騒ぎして反対した日米安保は現在もわが国防衛の柱であり、安保改定を実行した岸信介首相の判断が正しかったことは、歴史が証明している。
わが国が、学生運動家たちが主張したように「戦争に巻き込まれる」どころか、戦後一度も戦争に巻き込まれなかったことは日米安保のお陰である。
これは、9条狂徒以外の良識ある国民が認める歴史的事実である。
共産主義、社会主義などに心酔するのは、インテリを気取った若者が一度はかかるハシカみたいなもの。
だが、60年安保騒動の清算が出来ないまま年を重ねた老人たちが、最後の「反日サヨク」の楽園である沖縄の辺野古に集結し、「安保反対」を「辺野古反対」に言い換え、夢と理想を叫ぶ姿は哀れとしか言いようがない。
■中谷防衛相の海兵隊抑止力論
コメント欄でどなたかが慶応大学の学生が沖縄問題を取材した動画を紹介。 そのインタビューで防衛相に就任前の中谷元氏が、普天間基地は県外にも移設可能といった趣旨の発言したことを沖縄2紙が見つけ、鬼の首を取ったように大発狂した。(たかが学生のインタビューにである)
これをもって沖縄2紙の記者は、当日記を読んでいるとのコメントがあった。
沖縄2紙のOBからの情報によると間違いなく読んでいるとのこと。
筆者自身も一般公開されている琉球新報の資料室に調べ物のため訪問したとき、受付名簿に本名を記したところ、狼魔人日記の管理人であることが露見し「わが社の記事に悪口を言うものに協力出来ない」と言われ断られた経験がある。(その当時面は割れていなかったが、本名は割れていたらしい)
発狂2紙が当日記の愛読者である何よりの証拠である。
その「鬼首」で狂喜乱舞の記事がこれ。
沖縄タイムス 2014年12月25日 07:4
防衛相に就任した中谷元氏が3月、沖縄に米軍基地が集中する理由として、大学生のインタビューに「理解してもらえる自治体があれば(県外にも)移転できるが、なかなか『米軍反対』というところが多くて、移転は進まない」「分散しようと思えば九州でも分散できる」と答えていたことが分かった。
在沖米海兵隊の構成部隊を切り離せば機能を損なうといった政府見解とは別に、県外での反対や抵抗が沖縄に基地を集中させる理由と説明したことになる。沖縄も普天間飛行場の名護市辺野古移設に反対の声が強く、「不公平」と反発が高まりそうだ。中谷元氏 防衛相に就任した中谷元氏が3月、沖縄に米軍基地が集中する理由として、大学生のインタビューに「理解してもらえる自治体があれば(県外にも)移転できるが、なかなか『米軍反対』というところが多くて、移転は進まない」「分散しようと思えば九州でも分散できる」と答えていたことが分かった。
インタビューしたのは慶応大学法学部2年の大川ゆき乃さん(20)で、学生団体「BOKUmedia(ぼくメディア)」の代表を務める。在日米軍基地の取材で、自民党本部を通して中谷氏に約30分間、話を聞いた。インターネットの動画サイトで公開している。
★
琉球新報 2014年12月26日
中谷元防衛相
防衛相に就任した中谷元氏がことし3月、大学生のインタビューの中で沖縄への米軍基地集中について「分散しようと思えば九州でも分散できるが、(県外の)抵抗が大きくてなかなかできない」と答えていたことが分かった。政府はこれまで沖縄の基地集中の理由について「米海兵隊の一体運用の必要性」「県外移設による抑止力の低下」などと強調してきたが、そうした説明を事実上否定する見解だ。
インタビューで中谷氏は「普天間が街の真ん中で危険な場所になっている。辺野古に移転したいが、そのためにもできるだけ日本各地に分散できる所はないか探している」と説明した上で「理解してくれる自治体があれば移転できるが『米軍反対』という所が多くてなかなか進まないことが沖縄に(基地が)集中している現実だ」などと話した。
インタビューは慶応大法学部2年の大川ゆき乃さん(20)が代表を務める団体「BOKUmedia(ぼくメディア)」が動画サイトのユーチューブで公開している映像に収録されている。
新聞の元旦号は枚数は多いが読むべき記事はほとんどない、というのが慣例だが、今年の沖縄タイムス元旦号に中谷防衛相が発狂新聞の鬼首記事に直接反論する形のインタビュー記事が掲載された。
(翁長知事と山口沖縄担当相のインタビュー記事は次に回して、とりあえず中谷防衛相の反論を紹介しよう。
☆
沖縄タイム元旦号
知事閣僚に聞く
<政府どう出る>
中谷防衛相 普天間固定化避ける
ーー米軍普天間飛行場の名護市の辺野古移設にどう理解を得るか。反対の民意が強いが。
「普天間の近くに学校や住宅があり、固定化を避けるのが一番の眼目。 地元にいろんな意見があるのは承知しているが、危険性除去、抑止力をあわせれば、辺野古移設は唯一の手段で、最も早い方法だ」
ーー県内移設は政治的理由で、軍事的には県外への分散移転も可能か。
「南シナ海の情勢や周辺状況を考えると、沖縄の海兵隊を含む在日米軍全体のプレゼンスを低下させることは出来ない」
ーー今年3月のインタビューで、在沖海兵隊は県外に分散移転が可能との趣旨の発言をしている。
「一部だけ(報道で)切り取られているが、(インタビューの中で)『沖縄は要衝で、陸海空軍、海兵隊一つのまとまった部隊がいて、すぐに行動できる手段であることが大事』と申しあげている。 沖縄の基地負担軽減という政府方針があり、私も与党の一員として、本土で請け負うことができないか、いろんなところで発言し、努力した」
「訓練の一部を本土に(移す)ということで、負担軽減ができなういかと発言した趣旨。 総合的な機能を発揮するためには、海兵隊の基地は沖縄にあった方が抑止力も効果的に働く」
ーー米国でも海兵隊の必然性を疑問視する声がある。
「沖縄に海兵隊があることは抑止力にもプレゼンスにもなっている。陸海空の部隊がバラバラだと、特に移動手段の機能を発揮できない」
「政府間でグアムやオーストラリアに移転する内容も含め、基地の所在が決まっている。検討した結果の結論だと思う」
☆
学生のインタビュー番組の中で、稲嶺名護市長が「沖縄に海兵隊は不要」という持論を民主党政権時代の森本防衛相の論を根拠に主張している部分がある。
ところが、昨年の沖縄知事選後に放映された「激論 コロシアム」に出演した森本氏は概略次のような発言で「海兵隊不要論」に反論しており、稲嶺市長の「海兵隊不要論」に止めを刺している。
<陸続きのヨーロッパでは侵略国に対し陸軍が抑止力になり戦車等が主要戦力になる。
ところが、海洋地域で離島の多い東アジアでは、陸軍の戦車などでは抑止力にならないが、揚陸艇などを利用した海兵隊が離島奪還などで重要な抑止力になる。>
森本元防衛相と現在の中谷防衛相の意見を聞いてみても、稲嶺名護市長などが主張する海兵隊不要論は根拠のないものという事がわかる。
【おまけ】
「激論コロシアム」でわかった真実。
①ラムズフェルド米国務長官が言ったとされる「普天間基地は世界一危険な米軍基地」は、メディアが流布させた真っ赤な嘘。⇒米国務省の日本部長を務めたケビン・メア氏が直接本人に確認したところそんな発言はしていない、と明言したとのこと。
②大田元知事真っ赤な嘘
「危険な基地の側に学校や病院を建設するのを許可したのは米軍ではなく宜野湾市」という発言に対し、⇒
大田元沖縄県知事は「銃剣とブルドーザーで土地を奪われたので他に建設用地が無かったから」などと反論していた。
普天間第2小学校建設当時、他に学校用の候補地は沢山あったが、通学の足の便を考えて現在の基地隣接地に建設した。 つまり子どもたちの生命の危機より通学の足の便を優先するほどだから、「世界一危険な基地」という合言葉は新聞が作った大嘘であり、後付けであることがわかる。
少なくとも建築基準法に則って建築許可を出したのは宜野湾市である。
他に大嘘が多数有るが、次回のお楽しみに。
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■「住みよい那覇市を作る会」
(代表者:金城テル)よりのお願い。
現在、那覇市障害者福祉センター訴訟(翁長雄志後援会々長がこのセンターを管理し事業を行っている福祉団体の会長をしていた件)と久米至聖廟訴訟(翁長前市長が龍の柱をシンボルとする中国との交流拠点づくりを進めていた件)ではそれぞれの訴訟内容が複雑なため、担当弁護士をそれぞれ置いて那覇市住民訴訟を行っています。被告は那覇市と翁長雄志氏です。知事になったからといって責任が逃れられることはありません。
本件は徳永、照屋両弁護士が手弁当で代理人を務めていただいておりますが、訴訟実費を含む活動資金が枯渇しております。
何とぞ訴訟活動を継続するために広く皆様のご支援をお願いします。
支援金の口座 ゆうちょ銀行口座住みよい那覇市をつくる会
名 称 スミヨイナハシヲツクルカイ 記 号 17090 口座番号 10598191よろしかったら人気blogランキングへ クリックお願いします