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続・アイヌに乗っ取られた南北の塔?

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 よろしかったら人気blogランキングへ クリックお願いします   ブログセンターランキングへクリックで応援願います。 私事で恐縮ですが、本日(17日)より25日までの9日間、関西から東京と旅行をしてきます。 関西では奈良、唐招提寺などを訪ね、東京では大学時代の友人に逢ったり、池波正太郎の本で無性に食べたくなった念願のドジョウ鍋などトライしてみるつもりです。 ネットはいばらく遠ざかる予定ですが、更新は予約で継続します。 その間も勝手ですが、変らぬご支援のクリックなどをお願いいたします。 今日のエントリーも沖縄紙のウソ報道関連の過去記事に手を入れたものです。 「プロ沖縄人」と「プロアイヌ人」の連帯による反日活動、そしてそれを支援する沖縄紙のウソ報道に騙されてはなりません。 続・アイヌに乗っ取られた南北の塔 人間には悲しい習性があるもので、自分の生まれ育った地域では当然と思っていた習慣と違うものに接すると奇異の眼で見る傾向がある。 若かりし頃初めて上京したとき、居酒屋に入り「さけ茶漬け」のメニューを見て 「ヤマトンチュは酒で茶漬けをするのか」と恐れ入った友人の話には笑った。⇒沖縄の食文化雑感 習慣の違いは、特に食べ物に関して著しい。 が、それが一歩誤ると差別に向かうので要注意である。 沖縄の方言で「イチャリバチョーデー」という言葉がある。 直訳すれば「行き会えば兄弟」、何かの縁で知り合ったものは兄弟みたいなものだという意。 「袖触れ合うも他生の縁」に近い意味を持つ。 アイヌ人が毎年糸満市の真栄平地区にある「南東の塔」の前で行う先祖供養祭「イチャルパ」を行うという。 何かの縁でアイヌ人も塔建立に関わったたわけだから、地元の人がこれを排除する理由は無い。 それこそアイヌ人でも皆「イチャリバチョーデー」である。 ただ、アイヌの供養祭「イチャルパ」は発音が似てはいるが、沖縄方言「イチャリバチョーデー」とは言語的には何の関係もないし、 地元住民は、マスコミの歪曲報道により、真栄平区民が建立した「南北の塔」が、あたかも「アイヌ人が造ったアイヌ兵士の遺骨を祭る」と喧伝されているのに困惑している。 つまり軒を貸して母屋を取られることを危惧しているのである。  沖縄南部の戦跡巡りをした人なら気が付くことだが、沖縄には全国46都道府県の碑はあるが、「沖縄県の碑」だけはない。 筆者が小学校時代、遠足といえば決まって「南部戦跡巡り」と「中城(なかぐすく)公園」だった。  南部戦跡といっても現在のように碑の乱立はなかったので、行く場所は「ひめゆりの塔」、「健児の塔」そして「 魂魄の塔」の三つの塔と相場は決まっていた。 各県の塔が乱立する中、あえて「沖縄の塔」を挙げるとすれば、この「魂魄の塔」がそれに相当するだろう。 肉親の遺骨を確認できなかった多くの遺族にとっては、「魂魄の塔」がその遺骨を納めた場所となっているからだ。 真栄平区民が建立した「南北の塔」は真栄平地域界隈で亡くなった身元不明の遺骨を納めた碑であるから、そこにアイヌ兵士の遺骨が収納されている確証はない。 マスコミが流布させた「アイヌの塔」の神話は一人歩きを始めて、止まることを知らない。 苦難の歴史や芸能紹介 アイヌ民族と交流の夕べ カメラ 2006年5月17日 バッタの飛ぶ様子を表したアイヌ民族舞踊を披露する川村さん(手前)=名護市幸喜区公民館  【名護】「第2回アイヌ民族と交流の夕べ」(協賛・アイヌ民族と連帯する沖縄の会、ティダの会)が12日、名護市の幸喜区公民館で開かれ、アイヌ民族でアイヌ文化資料保存館の川村シンリツ・エオリパック・アイヌ館長が、住民ら約50人と交流した。
 川村さんは糸満市真栄平の「南北の塔」で、沖縄戦で亡くなったアイヌ出身兵を供養するために来県。交流会は、伝統芸能を紹介することでアイヌと沖縄の交流を図ろうと、昨年から行われている。
 交流会では琉球民謡ショー、まよなかしんやさんによるライブも行われた。川村さんは、アイヌの苦難の歴史などを紹介し、アイヌの民族衣装を身にまとって弓矢を使った踊りやバッタの飛ぶ様子を表現した踊りなど、アイヌの民族芸能を披露した。                  ◇ 何事も左翼活動家が絡んでくると話が妙な方向に歪められてくる。 >まよなかしんや↓
http://naha.cool.ne.jp/mayonakashinya/020310.html [AML 69 94] 5月沖縄行動のご案内   左翼団体にはこのように蝿がたかってくる。 月間「部落解放」⇒アイヌ文化振興法10年
左翼団体が「南北の塔」を扱うとこうなる。 ⇒http://blogs.yahoo.co.jp/tatakau_yunion_okinawa/
20818212.html
  たたかうユニオンへ! ↓ アイヌ儀式で供養、沖縄−アイヌ連帯   糸満・南北の塔でアイヌ儀式でアイヌ戦死者哀悼・供養
 沖縄戦に動員され戦死したアイヌ民族の日本兵らを追悼するアイヌの儀式「イチャルパ」が十七日、糸満市真栄平の南北の塔前の広場で行われた。北海道旭川市から参加した川村シンリツ・エオリパック・アイヌさん(川村アイヌ民族記念館長)ら県内外の五十人が、火の神に酒をささげ、アイヌの言葉でみ霊を慰めた。  供養祭はアイヌ民族と連帯する沖縄の会(まよなかしんや代表)が主催。毎年、5・15平和活動の一環として行っており、今年で九回目。  まよなかさんは「日本の先住民族であるアイヌと琉球民族が一緒になって、日本に住むすべての人々の権利が保障される社会をつくっていこう」と呼び掛けていた。  川村さんは「アイヌの戦没者を沖縄の方々が祭っていただき大変ありがたい。これからも毎年、続けていきたい」と話していた。 南北の塔は一九六六年、真栄平区とアイヌの元兵士らによって建立された。沖縄戦で亡くなった、北海道から沖縄までのすべての人々を祭っている                      ◇ 昨日のエントリーの「南北の塔を考える会」の手記の続きを引用する。 ≪間違った記述の本が多い 昭和56年に『南北の塔』という本が出版されている。 この本は、元アイヌ兵士からの聞き取りで書かれたというが、その中に地元を無視したような書きぶりがある。 元アイヌ兵士の行動を称えることと、アイヌ兵士が真栄平の人々に呼びかけて南北の塔を建てたようなことが書かれている。 寄付をしたことが美談になることはよいが、誇張しすぎている。 その後、この本を参考にして書かれた本が沖縄でも出版されているが、間違った記述が多い。 沖縄タイムスの『大百科事典』(『沖縄大百科事典』−引用者注)、太田昌秀著の『慰霊の塔』、高教組南部支部の『歩く、見る、考える沖縄』、沖教組島尻支部の『南部戦跡巡り』、本土でも『沖縄戦でたたかった兵士』等まだまだあるが、これらの出版物にはこれらの出版物には南北の塔は全てアイヌとの関係で書かれている(ただ一冊、沖縄県から出された『沖縄の聖域』だけは正しい)。≫ ウソの情報を撒き散らしている新聞社、発刊者を拾ってみると、 沖縄タイムス⇒『沖縄大百科事典』 太田昌秀⇒『慰霊の塔』 高教組南部支部⇒『歩く、見る、考える沖縄』、 沖教組島尻支部⇒『南部戦跡巡り』 なるほど左翼団体がドキュメンタリーを著すると「反戦平和」に捉われて事実を歪曲することは『鉄の暴風』の場合と同じだ。 赤い脳ミソの著者が発刊すると、事実が歪曲されるということを見事に証明するリストだ。 沖縄タイムスは、取材相手が沖縄にいるにも関わらず、取材もせずにデタラメを書き散らした。 この点でも『大沖縄辞典』は『鉄の暴風』と軌を一つにしている。

  さて、糸満市真栄平の「南北の塔を考える会」の手記引用を続けよう。 ≪・・・ラジオ、テレビは墓参団が来沖するたびに、アイヌのことを中心に報道するので、ウソも百回いえば本物になるとかで、私達がいくら努力しても訂正されそうもない。 不可解なことだが、北海道のある町から、真栄平の区長や役員等に感謝状と記念品が贈られている。 南北の塔の維持管理に感謝するとのことらしい。 又、地元の知らない中に、アイヌ兵士が30余柱合祀したなどのマスコミ報道もある。 ところが、南北の塔にアイヌ出身者の遺骨があるという確証はないとおもう。 なぜならば、他県人からすれば無名戦士の墓であり、魂魄の塔と同じだからである。≫(続く)  よろしかったら人気blogランキングへ クリックお願いします   ブログセンターランキングへクリックで応援願います。

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