⇒⇒ よろしかったら人気blogランキングへ クリックお願いします ネットvs発狂新聞 2011-09-12 の一部引用・編集した記事である。
沖縄タイムスは、大学教授など識者と称する人物を紙面に登場させ自己弁護するのが得意だが、時には中国に留学中の学生まで引っ張り出して、援護射撃を請う場合がある。
八重山教科書採択問題で沖縄2紙が連日、キチガイじみた記事を連発し、ネットでは批判の総攻撃を受けていた時期の9月4日。
沖縄タイムスのオピニオン面に「新聞の影響力 強さを再認識」と題する囲み記事が掲載された。
寄稿者は県内某大学生4年生のKYさん。 大学の専攻が産業情報学部産業情報科ということが筆者の目を引いた。
概略こうだ。
時代はネット全盛を謳歌しているが、やはり、新聞に比べたらその影響力は微々たるもので、依然として新聞の影響力は大きい、と新聞讃歌の内容。 新聞への寄稿ならやむを得ないとしても、情報専攻の学生のブログ認識としては、疑念を抱かざるを得ない内容だ。
まず、その記事からKYさんのブログ論を引用すると、こう説明されている。
≪ブロガーの中でも秀逸な記事を書き、多くのアクセスを獲得する人のことをアルファーブロガーという。 ブロガーといわれる人は、どのくらいのアクセスを獲得しているのか。 それは月間5万PV以上といわれている。 5万PVとは一ヶ月に5万回以上のアクセスがあるということだ。5万回というと、とてつもない数字のような気がする。1日に1700回のアクセスである。私もブログをやっているがアルファブロガーの20分の1程度のアクセスしかない。 そのため、5万PVのすごさがわかる≫(沖縄タイムス9月4日)
アルファブロガーの凄さを散々持ち上げておいて、突然月間5万回のアクセスも沖縄タイムスの毎日20万部の発行部数に較べればたいしたことはない、と新聞におべっかを使い始める。
ちなみに当日記は秀逸な記事を書くかどうかはさて措いて、一日平均1・4万回前後のアクセスがあるので、月間42万PVもあることになる。
これは沖縄タイムスの発行20万部に較べたらたいしたことはないかも知れない。
だが、ここでKYさんは、ブログと新聞の特質の大きな違いを見落としている。
最近紙面を賑わした八重山教科書問題を例に挙げて説明しよう。
拙ブログ「狼魔人日記」は、およそ一ヶ月にわたって同じテーマの教科書問題を書き続け、現在も継続中である。
このようにテーマを特化した地味なブログにわざわざアクセスしてくる読者は、意見の賛否はともかく、教科書問題に多少とも関心を持つ読者である。
したがって一日のアクセス1・4万回はほとんどが教科書問題に関心がある読者とみなすことができる。
一方、沖縄タイムスの紙面は、教科書問題は勿論、政治、経済、文化、文藝、さらにスポーツ、芸能、健康などなど多岐にわたっている。
その全てに目を通す読者がほとんどいない。 中にはテレビ・ラジオ欄だけとか、死亡広告だけに目を通すという読者が筆者の近辺にもいるくらいだ。
だとすると、20万部の発行部数のうち、ブログ読者のように教科書問題に関心を持って紙面を開く読者が果たして何割いるか。 一割にして2万人、二割にしても4万人程度だ。
さらに、ブログの一日のアクセスが1・4万回だとしても、読者が各自のブログに転載し、さらにそのブログの読者が再転載することはブログでは珍しいことではない。
最初の記事はネズミ算的に拡散され、あっという間に全国に行き渡ってしまう。
情報が太平洋を渡るのも、ヨーロッパに飛び火するのも瞬時に行えるのが、ネットの威力であり、ブログの大きな影響力なのである。
拙ブログが当初、沖縄という一地域の、しかも更に南の八重山地区の教科書採択問題を取り上げたときは、この問題は全国的にほとんど知られておらず、アクセスが急減したものである。
だがしつこく同じテーマでエントリーしていくうちにアクセス数も急増しはじめ、転載や拡散希望ブログも増加し、現在「八重山 教科書」でググルと約21万のヒットがある。
つまり一度元のブログから転載された記事は、もはやオリジナルブログの手を離れ、幾何級数的にネット空間に拡散していく。
1・4万回のアクセスの記事が瞬時にして20万アクセス、100万アクセスと増殖していくのが、ブログの新聞とは異なる大きな特徴なのである。
さらにブログの特徴をもう一つ。
最近では元のブログ記事は通常のブログの他に、動画ブログにも飛び火するようになり、その拡散スピードに拍車をかけるようになっている。
動画に飛びした例⇒ 【必見動画】沖縄教科書問題、地元メディアのバカっぷり報道
ネットテレビで有名なチャンネル桜のような動画サイトに飛び火するということである。
沖縄タイムスに寄稿したKYさん、本来は名前とは違って、「空気の読める人」なのだろう。
新聞への寄稿という空気をしっかり読んだからこそ、「新聞の影響力」について「強さを再認識」と新聞へのおべんちゃらを書いたものと推測する。
☆
今回の沖縄タイムス、琉球新報の八重山教科書問題の「発狂記事」を主導したのはそれぞれ又吉嘉例・タイムス記者、稲福政俊・新報記者である。
ネットが現在のように普及する前であったら、今回のような教科書採択問題でも、関連法規を一般読者が読む機会は少なかった。
識者と称する大学教授などが、関連法規の条文を自分の都合のいいように解釈した「歪曲解説」を掲載したら、一般読者はそれを信じる以外になす術がなかった。
ところが近年のネットの急速な普及により、一般読者でも識者が引用する関連法規の条文にクリック一つで容易にアプローチできるようになった。
その結果、たとえ識者が歪曲した解説をしようとも、また記者がデタラメな社説で何と吠えようとも、賢明な読者は容易に騙されることはなくなっている。
民主主義と法の秩序を踏みにじった勢力を熱烈支援し、その一方で「民主主義の勝利」とか「市民の良識の勝利」などと大見出しでデタラメヲを並べ立てても、読者は冷笑で応じる時代になっている。
沖縄タイムスの又吉記者も、琉球新報の稲福記者もネットの影響力を甘く見たようである。
石垣市の極左市長を16年の独裁の座から引き釣り下ろしたのは、新聞ではなく、「ブログ告発」であったことを忘れていたのであろうか。
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