【東京】日米両政府は4日、米軍普天間飛行場の東側と牧港補給地区(キャンプ・キンザー)の一部、計7ヘクタールについて2017年度内の返還を目指すことで合意した。既に返還された西普天間住宅地区と国道58号を道路でつなぐためにキャンプ瑞慶覧のインダストリアル・コリドー地区の一部を日米で共同使用することでも合意した。同日、菅義偉官房長官とケネディ駐日米大使が首相官邸で共同会見し、発表した。返還が決まった面積計7ヘクタールは、県内全体の米軍専用施設面積のわずか0・03%にすぎない。
? 基地と原発のニュースをフクナワでも
普天間東側は1990年の日米合同委員会で返還に向けた協議開始を確認。96年の日米特別行動委員会(SACO)最終報告では、同地もキンザーの国道58号隣接地も返還することで日米が合意していた。当初の合意から20年以上かけ、返還が現実的となった。
米軍基地の返還に関する合意を日米の高官が共同会見で発表するのは極めて異例で、沖縄の基地負担軽減に取り組む姿勢をアピールし、名護市辺野古の新基地建設へ理解を求める狙いがある。
会見で菅氏は「沖縄の人々の生活に資する大きな意義がある。米国との話し合いが実を結んだ目に見える成果だ」と強調。ケネディ氏は「沖縄県民の日常生活にプラスの影響を与え、返還が前倒しになりうれしい。計画の早期の実現へ向け日本政府と連携していく」と述べた。防衛省は普天間移設問題と今回の合意は「別物」とし、新基地建設の進捗(しんちょく)にかかわらず、返還を進めるとしている。
返還面積は普天間東側は約4ヘクタール、キンザーの国道58号隣接地は約3ヘクタール。いずれも道路建設が目的で、普天間は一部が基地にかかり工事が中断している市道11号を建設、キンザーは渋滞緩和のために国道58号の車線を拡大する計画。
両地とも、フェンスや電気設備などの基地内への移設完了が条件で、移設費は日本側が負担する。防衛省は移設費用を16年度予算に計上する方針。
コリドーは、宜野湾市が西普天間地区の利便性向上のために幹線道路の国道58号とを結ぶ高架式道路を設置する。16年には建設に必要な調査のための立ち入りが可能になる。3カ所はいずれも地元が早期の返還を求めていた。
今回の日米合意では、普天間飛行場の辺野古移設が唯一の解決策であることも再確認した。
■新基地引き替え 知事憤る
翁長雄志知事は4日会見し、日米両政府が米軍普天間飛行場の一部返還などを発表したことに「一定評価できる」とした上で、辺野古移設が唯一の解決策と再確認したことには「辺野古の埋め立て承認取り消しをめぐり裁判で争っている中、強い憤りを感じる」と述べた。20年以上前に合意した返還で、辺野古を推進しようとする政府の姿勢を批判した。
知事は、普天間飛行場の4ヘクタールの返還が「直接、危険性の除去につながらない」と指摘。5年以内の運用停止などの取り組みを早急に示すよう要求した。
一方、佐喜真淳宜野湾市長と松本哲治浦添市長は、いずれも合意を評価し、感謝の意を示した。
☆
菅官房長官の「沖縄米軍基地軽減担当大臣」というもう一つの肩書きを知る県民は少ない。
菅氏の沖縄の米軍基地負担を少しでも軽減したい熱意の表れだが、沖縄2紙がこの肩書きを報じることはほとんどない。 したがって県民がこの肩書きを知らなくても不思議ではない。
その菅氏が担当大臣の役目を、たとえ少しでも米軍基地を前倒しで返還するなら、県民としては喜ぶべきではないのか。 それも返還予定地は住宅密集地に隣接する普天間基地の一部だ。
現に佐喜真淳宜野湾市長と松本哲治浦添市長は、いずれも返還合意を評価し、感謝の意を示しているではないか。
この返還合意に対し、本日の沖縄タイムスはどのように報じているか。
見出しを一部抜粋して紹介する。
■一面トップ
普天間部分返還へ
撒き港と計7ヘクタール 在沖米軍の0・03%
日米で17年度 辺野古理解求める
新基地引き換え知事怒る
■二面トップ
日米危険除去置き去り
政府、批判回避狙う
■社会面トップ
数ヘクタール返還 負担減?
知事「話クワッチー」
政府へ不信感あらわ
まぁ、言いたい放題の発狂見出しで、一部返還をこき下ろしている。
だが、今回の7ヘクタールの約23倍の162ヘクタールを米軍が返還しようとしたとき、年間1億3000万円に上る軍用地料収入が失われるため返還を拒否した稲嶺進名護市長のことを沖縄2紙は批判しなかった。
このような二枚舌報道をして恥ずかしくないのだろうか。
>新基地引き換え知事怒る
知事が返還を怒る理由が不明だ。
辺野古移設に反対しているには知事ではないか。
ちなみに見出しの知事「話クワッチー」「とは、「話だけのご馳走と部分返還を皮肉っている意味。
過去ブログ名護市に不況の風!「反戦平和」で飯は食えぬ2015-08-27 から関連部分を一部抜粋して引用する。
☆
米軍基地反対を叫ぶしか能のない稲嶺市長は、基地関連の収入がなくても「ふるさと納税」で市の財政は健全化できると豪語していた。
ところが驚いたことに、米軍基地収入には頼らないはずの稲嶺市長が米軍基地の返還を借地料がなくなると市の財政が困る、という理由で米軍基地返還を拒んでいた。 二枚舌市長の本領発揮である。 有権者は騙されていたことになる。 この稲嶺市長の恥ずべき行為を八重山日報はこのように報じていた。 ■八重山日報 2011年10月24日米軍基地「返還困る」
普天間拒否の名護市苦悩
地料1億3000万円失う可能性
名護市が今年末に返還予定の米軍キャンプ・ハンセンの一部用地を継続使用するよう、国に求めている。返還で年間1億3000万円に上る軍用地料収入が失われるためだが、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設を拒み続ける稲嶺進市長に対する「兵糧攻め」の側面も否めず、市側には苦悩の色がにじむ。
問題の土地は162ヘクタール。日米両政府が1976年に返還に合意し、95年12月には98年末までに返還と確認。95%超が市有地だが「険しい山で、跡地利用が困難」との市側の要望を受けて、使用期限が過去3度、延長された。
「極めて難しい。延長する理由がなかなか見いだせない」。沖縄防衛局の田中聡局長は9月、継続使用を申し入れた地元住民らに言明。過去の延長については「普天間代替施設の移設に関する名護市の姿勢という背景もあった」と指摘した。
普天間の移設先とされて以降、歴代市長は移設を容認してきたが、2010年に初当選した稲嶺市長は断固拒否。今月、同市を訪れた一川保夫防衛相ら野田政権の閣僚にも、辺野古への移設計画の白紙撤回を求めた。
「過去の市長は(普天間移設に)賛成だったから延長されてきたのだと思う」。地元の喜瀬地区の幸地常一区長(57)には、国側のつれない対応が移設拒否の市長への対抗措置と映る。同地区には地代が年間3200万円は入り、公民館運営や地域の行事に充てられているが「予算が7割減になる」と表情を曇らせる。
県全体の軍用地料は09年には907億円に上り、地域経済にとって無視できない重みを持つ。県幹部は「返還は県民にとって本来喜ばしいことだが、地主にとってはジレンマ」と指摘。防衛省幹部は「必要でなくなった基地は返還すると、日米地位協定で明記されている」と継続使用の要望に取り合わない構えだ。
(1面左上) ※翁長知事のリコール解任については下記【動画】の最後部分参照。 【動画】【沖縄の声】翁長知事誕生から一年を振り返って、石垣漁師の本当の声・海を荒らす中国船の恐怖[桜H27/11/25] 【おまけ】 沖縄2紙が決して報道することのない「沖縄に不都合な真実」を月刊誌が取り上げている。 ☆
特集○復帰40年 沖縄の不都合な真実 (『新潮45』2012年6月号より)
ホームへ
基地反対の名護市が「返還に反対」する基地 そのⅠ
米軍が返すというキャンプ・ハンセンの土地を名護市は受け取らない。その知られざる理由とは。
大久保潤(おおくぼ・じゅん) 日本経済新聞社社会部次長
1963年東京生まれ。国際基督教大学卒。日本経済新聞社に入り、社会部を経て、
2005年3月から08年2月まで那覇支局長。著作に『幻想の島 沖縄』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
基地を使い続けてほしい
二〇一一年九月二十七日の沖縄タイムスに、二面の三段見出しという地味な扱いで、驚くべき内容の記事が載った。見出しは「ハンセン継続使用要求 名護議会、意見書可決 返還予定162ヘクタール」。同年末に名護市に返されることが決まっている米軍海兵隊基地キャンプ・ハンセン内の山林百六十二ヘクタール(東京ドーム三十五個分)を基地として使い続けてほしいと、名護議会が首相、外務、防衛、沖縄担当の各大臣に直接お願いしたのだ。十月十二日の琉球新報には、稲嶺進・名護市長が田中聡・沖縄防衛局長(当時)と面談し、やはり返還の延長を要求した事実が書かれている。
田中局長というのは、この二ヶ月後に、普天間基地の名護市辺野古ヘの移設問題を巡り、オフレコを前提としたマスコミとの飲み会の席で「犯す前に犯す上言いますか」と発言した(本人は否定)と報道されて更迭された人物である。田中氏は、度重なる名護市側からの継続要求に対し「返さなない理由がない」と返還する構えだった。しかし、「犯す」発言で沖縄を去り、返還期限が過ぎた現在、「名護市等からの返還見直しの要請をふまえ、米側と調整をしつつ取り扱いを検討している」(沖縄防衛局)。
沖縄の米軍基地の位置
沖縄側が「基地を使い続けてほしい」とお願いし、防衛省が「いい加減基地を返させてほしい」と困惑する。この間の抜けた応酬を日本人の大半は知らないだろう。この百六十二ヘクタールの軍用地は、すでに一九九八年に返還が決まっていたものの、名護市が普天間の辺野古ヘの移設を受け入れる見返りとして継続使用を要求し続け、これまでに三回も延長が認められているのだ。今回が四回目の延長になる。なぜ、基地継続は名護市にとって見返りのご褒美になるのか。
それは、この土地のほとんどが名護市の市有地で、年間一億三千万円の借地料収入を市にもたらすからである。さらに、この一億三千万円の中から返還地がまたがる喜瀬(きせ)、幸喜(こうき)、許田(きょだ)の三つの行政区にそれぞれ三千二百万円、千九百万円、二十万円が、「分収金」という法的根拠がよくわからない名目で支払われている。基地が返還されたら、借地料収入はなくなり分収金もなくなる。つまり、名護市や各行政区は、この収入がなくなると困るので、返還に反対しているわけだ。
ハンセンとは別に、普天間基地の移設予定地である辺野古のあるキャンプ・シュワブの借地料から毎年約一億円の分収金が入る許田区のある幹部は「分収金はもちろん何に使ってもいい。豊年祭や運動会にも使うが、分収金が入る行政区では、正月や夏のボーナスといった具合に個人の世帯に一律に分配している区もある。だけど、新しく引っ越してきた人には分配しない。まあ、どこでもやっていることさ」と話す。なるほど、これでは基地返還に反対するのも無理はない。
沖縄全体の基地の借地料は、年間九百億円以上に上り、今でも毎年一%程度値上がりし続けている。この借地料は本来アメリカが負担すべきだが、全額を日本政府が肩代わりしている。つまり我々国民が払っている。ハンセンの百六十二ヘクタールは基地として必要ないにもかかわらず、政府が名護市の要求を受け入れ続けたために、九八年以降、十三年間にわたり約十七億円の国民の金が行政区に注がれている。これほどわかりうやすい税金の無駄使いは珍しい。
普天間基地の名護市への移設が固まってから、歴代の名護市長は受け入れを容認してきた。しかし、二〇一〇年一月に、初めて反対派の稲嶺市長が当選した。稲嶺市長は基地に頼らない市の経済発展を掲げた。地図を見ればわかるが、県都の那覇市は本島南部にある。沖縄の産業と人口は南部に集中し、やんばる(山原)と呼ばれる北部とは激しい南北格差がある。北部で就労人口の多い建設業は基地に依存しないと仕事は限られる。そんな北部の中心地である名護市が基地依存と決別することは尋常でない決意が必要なのだ。だから、普天間受け入れの見返りの交付金さえ稲嶺市長が拒否した時は、ちょっと感動すら覚えた。しかし、既得権である年間一億三千万円の収入がやはり手放せない。それが北部の現実だ。
著者/訳者:仲新城誠
出版社:産経新聞出版( 2015-11-30 )
よろしかったら人気blogランキングへ クリックお願いします