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「辺野古闘争」の実態!

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よろしかったら人気blogランキングへ クリックお願いします 「辺野古闘争」の実態について書くつもりで、資料集めしていたら「代執行訴訟」の和解案の内容が公表された。

「辺野古闘争の実態」は急遽話題変更して、代わりに「農と島のありんくりんから勝手に全文引用させていただいた。

ありんくりんさんの文章は非常にわかりやすく辺野古闘争の実態を浮き彫りにしているので・・・・・結果的にはこの方が良かった!(笑)

以下引用です。 

なお代執行訴訟の和解案については、午後アップの予定です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

辺野古移転反対運動 よそ者のよそ者による、よそ者のための闘争  

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149

HN山路さんの辺野古座り込みテントでのお話は、たいへんに面白く読ましてもらいました。 

「弛緩した雰囲気のなか酔いもあり、求められるまま「あそこで2、3人焼身自殺してみたまえ。必ず工事は出来なくなるぜ」と冗談話をしました。
しかし、これまでの闘争とちがい(辺野古移設により)土地を奪われた者がいるでもなく生活を脅かされる人間が出るワケではないので、そこまでやろうという人間がいるはずがないだろう、という結論に落ち着きました。」 

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Photo
出所不明

わ、はは、そうですか、いずれにしても正直なのはいいことですよ。 

私もあそこには昼間ですが行っています。私の時には、活動家風の若い男が、なにしに来たァという雰囲気でしてね、パンフを買って早々に退散しましたものです。 

じゃあ、座り込みテントの住民は、あそこが地元から立ち退きを要求されている上に、現地の人間がまったくいないことを自分では理解しているわけですね。 

実はこの移設反対運動の、最大の矛盾点はここなのです。 

新滑走路ができることによって被害を被るはずの現地住民に、反対運動をする者が、ほとんどいないという事実です。 

もちろん、現地にも反対派はいますよ。だいたい2割くらいだろうと言われています。しかし、地区という共同体はまとまって動くものです。 

現地3地区も別に積極受け入れではありませんでしたが、長年に渡る厳しい交渉の結果、最も地元に被害がなく、それによる経済的損失も補償される約束をして容認したのです。 

他の地域がとやかく言うべきことではないし、住民でも自分は反対だとしてもそれに従うのがルールです。 

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Photo_6
(三里塚第2次強制収容 出所不明)

まぁ、普通の住民闘争は、現地の住民が現地の利害を基にしてやるものですから、当然成田闘争のように「三里塚・芝山連合空港反対同盟」みたいな現地住民による反対組織が先に出来ます。

上の写真は、成田闘争の1971年の第2次強制収容時の写真です。ここで、互いに鎖で身体を縛って座り混んでいるのは、全員が現地の農民のオバちゃん、オジちゃんたちです。

彼ら三里塚反対同盟は、婦人は地区や農協の婦人部を基礎にし、老人すら老人会が基盤でした。

今や、軒を貸して母屋を過激派に乗っ取られてしまいましたが、少なくともこの時期までは、農村共同体としての農民闘争だったのです。

では、辺野古の座り込みの写真をご覧頂きましょう。

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Photo_7
http://monsoon.doorblog.jp/archives/54546030.html

ここには現地住民はおそらくひとりもいません。仮にいたとしても、それは地区とは関係なく個人としての参加です。

この人たちの多くは、県下や全国からの「有志」の集まりです。はっきり言えば、左翼政党か労組の活動家のみなさんたちの動員です。

日当をもらって来ているからどうのという批判があるようですが、本質的にはそんなことはどうでもいいことです。

問題なのは、他人の共同体である生産と生活の土地に、地元の了承なく上がり込んで、「戦う」という姿勢そのものです。

現地の人が座り込みの場所として作るのが、本来の意味の「団結小屋」とか「座り込みテント」という施設なのです。 

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Photo_8
Wikipedia

沖縄においても、団結小屋は作られたことがあります。

上の写真は伊江島の土地収用反対闘争の時のもので、現存しています。とうぜんこの団結小屋は、地元住民が作ったものです。

ところが、現在の辺野古座り込みテントのように、よそからの押しかけ「支援」(←誰を?)が、現地住民から、出て行ってくれというのに上がり込んでしまうという話など、私は聞いたことがありません。 

だいたい、ここは生産と生活の場である漁港ですから、なんの断りもなく闘争本部にされたら、地元はさぞかし迷惑でしょうね。 

法的にも漁港施設は漁協の所有物のはずですから、完全な不法占拠です。漁協は立ち後要求と、賠償請求を行うことが可能です。

実際に平成24年に、名護市長に正式に当時の区長からの立ち退き要求が出されていますが、もちろん動く気配もありません。 

稲嶺市長が握り潰したからです。それどころか、市長選があれば真っ先に駆けつけるのが、このテントなんですから、チャーナランサ。 行政官としての適格性が疑われますね。

稲嶺さん、旧久志村はあなたの生まれた場所じゃないか。なぜ現地住民と膝をつきあわして話合いをもたないんですか。 

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Photo_3
(琉球新報2014年11月19日より引用 「海上基地建設に反対する市民らにあいさつする県知事選で初当選した前那覇市長の翁長雄志さん=19日午後2時28分、名護市辺野古のキャンプ・シュワブゲート」) 

そういえば、翁長氏などは、知事当選のお礼に真っ先に行ったのが、この外人部隊による座り込みテントでした。 

翁長氏の後ろに、「平和センター」の山城さんが見えますな。翁長氏が、どこを向いて知事やっているのかよく分かる一枚です。 

そうです。「辺野古闘争」とは、徹頭徹尾、現地不在の借り物の闘争なのです。 

現地にある座り込みテントで、座っている人は余所から来た活動家の人、そこを「現地の人が戦っているんだ」と錯覚して交流に来る人も余所の人、闘争のシンボルに見立てて当選お礼に来る翁長氏も余所の人。 

借り物の土地で、借り物の時間に、他人が現地づらして上がりこんだまま動かない、確かにその意味で座り込みテントは、辺野古移転反対運動のシンボルであるのは確かです。す。 

さて宜野湾市民の「民意」は、今回の市長選ではっきり出ました。 

移転先隠しもなにも、宜野湾市民の「民意」はスッキリと「出て行ってくれ」です。 

そして受け入れ側の辺野古地区もまた、「しょうががない。お困りなようですから、とうぞ」と言っているわけです。 

これほどはっきりした「民意」はないんじゃありませんか。最大の当事者2者の意見が、きっちり整合しているのですから。 

これをなぜしっかりと受け止めないのか不思議です。 

新滑走路が出来ても、なんの影響も受けない南部などの人たちは、ひとまず現地2者の意志を尊重すべきではないのでしょうか。

「よそ者のよそ者による、よそ者のための闘争」というあり方は、いいかげん考え直さねばなりません。

 

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